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古代舞靈研究所 お知らせブログ

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紫の部屋

Dance Unit SHINRA が、まだアトリエ パラディという名称だったころ書きつづった文章です。

1998年にホームページを開設し、当時はまだブログというものが存在しなかったのか、知らなかっただけなのか、
ホームページの中にメッセージコーナーを作って、たまに書き綴っておりました。
若気の行ったり来たりで恥ずかしいですが、記録としていくつか残しておこうと思います。
ダンス名の変遷などについて、熱く熱く語っております。

お恥ずかしいです…

 img162[1]  
    ※ 当時はツルツル一休さんでした(*^_^*)




なぜ「紫の部屋」なのか
 
 答えは簡単。紫は私の大好きな色なのです。
 というのは、冗談で本音なのですが、物心が付いたときにはすでに紫に魅了されていました。
私が初めて受けたスピリチュアルなセミナーは、シルバマインドコントロールというものでした。オウムの事件後マインドコントロールという言葉はマイナスのイメージが付いてしまいましたが、単純に自分の意志とスピリットをコントロールするためのシンプルな教えです。
 その中で、自分の心の奥底に作業場を作り潜在意識と接触を持つレッスンがありました。先導者のもと瞑想し、自分の好きな部屋を作ります。
 もう十数年前のことですが、私の作った部屋は紫水晶のクラスターで全体を覆われたリビングだったのです。その後何年か経ってクリスタルヒーラーになるなど思ってもいなかったのですが、今考えると不思議な気持ちです。   

「紫」の持つパワー 

 冠位十二階や仏教僧の衣装の中では紫は高貴な色とされています。
 そして、一方では一世代前の心理学などでは、紫を選ぶ患者の中に情緒不安定などの判断を下していたと聞きます。
 現在、チャクラの色やオーラ・ソーマを初めとするカラーセラピーなどから導かれスピリチュアルな仕事に関わる人々の中で定着した紫の地位は「ヒーリングの色」です。
 アメジストと呼ばれる紫水晶が人間に与える効用も安らぎや癒しの力ですし、紫の持つパワーというのは目で見ようが身につけようが、そこに素晴らしいヒーリングが起こるということなのです。
 しかしなぜ、色がそんな力を持つのでしょう?
 続きは、次回「エネルギーとしての肉体」にて。

 正直言って、緊張しています。生まれて初めてのホームページで、文章を書くという作業に居心地の悪いものを感じています。
 何を誰にどのように伝えるのかと考えると何となく手が止まってしまったり、何だか自分のオタオタした心境がくすぐったい感じで、一般論というか、ありきたりな感じになってしまいました。
 次回は、もう少しリラックスして、ゆっくりと伝えたいことを書いていきたいと 思います。



エネルギーとしての肉体  1999/2/1

学校で教えられたこと
 

 24歳までの私は、世の中には目に見えるものしかないのだと信じていました。そして、学校で教わったこと、つまり知識を総動員しさえすれば何も分からないことはないのだと信じていました。
 つまり、世界は学問で割り切れると思いこんでいたのです。
 それがある頃、ある人々との出会いによって世の中には目に見えないものもいっぱいあるということ、人間が世界の秩序を総て作ったのではないということ、様々な未知の領域を未知と知ること、そんなことに気付き始めたのです。
そして、学校で教えられたことは、それはそれで大事なのだけど、私の疑問には何一つ答えてくれないし、生きていく上で本当に大切なことは確かに学校の中にもあったけれど、それだけではないのだと考え始めました。 


踊りと祈りと 

 今の私を支えているのは天と地と、そこの存在するすべてのもの、そしてそのすべてのものに内在する神です。
 アトリエパラディの天界舞踏は、原始舞踊の一つの形である祝祭としての踊りを目指しています。特定の宗教に属する集団ではありませんが、目に見えない何かのエネルギーや、天と地に確実に存在するエネルギーの中で、肉体もまた一つのエネルギー物質であり、その波動が高まったものが祈りであり踊りであると解釈しています。

 つまり、すべてのものは「私」に影響を与え、逆の意味では「私」は何者にも影響されず、「ただここに在る」だけなのです。
 仏教には「色即是空 空即是色」という素晴らしい言葉があります。
それは物理学的にも精神世界的レベルでも、エネルギーの相関関係を表しているのです。
 エネルギーを高める、波動を高める方法は多々あります。多くの賢者やヨギの書いた本も数多く出版されています。その中で一番手っ取り早い方法、或いは今すぐに出来ることは「感謝と正しい行動」です。

 ありがとうと言うことと、直感に従って道を選ぶことによって、いつも生活が愛と光の満ちあふれたものになるように願ってやみません。



座右の銘「養生格言」  1999/5/26

このページは、ちょっとズルして引用です。
 中国の古い文献「養生格言」より。
 説教臭い上に出来ないことだらけなのですが、なぜか大好きです。

☆・_・☆☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆。*・

精神を丹田に集中し、外へ散らさない、言葉を少なくし心は常に快楽にする。
飽食せず、過労をしない。
好きなことを多くして、人を助けることを心楽しく思う。
心を広く持ち、もし誤りを犯したら、勇気を出してこれを認める。
心を安らかにして、怒りを静め、楽しみに変える。
富貴は我にありて、我は雲が浮かぶ如く、楽天であれ。

衣食住は充足を知るべし、いかなる境遇もそれを受け入れよ。
仕事はあくまでも真面目にして「忠」の字を持って目的とする。
人に対しては常に「恕」(人の立場に立って考えること)の字を持って目的とする。
名誉や地位などにとらわれずに、心を広く持ち堂々としていれば、気が和らぎ「仁」(おもいやり)の字に徹する。

精は宝であり、気軽に排出してはならず、気も宝であり軽々しく外へ発してはいけない。
精神も宝であり、過労するなかれ。
怒らず肝気を養い、妄想せず心気を養う。
飲食を節制し脾気を養い、飲酒を慎み肺気を養う。房事を慎み、腎気を養う。
良いことをして道徳心を養い、度量を大きくして、人を包容すれば、常に気が和む。

人に対しては和気藹々と礼儀を尽くし、互いに理解し合って福気を培い、人を助けて道徳を培う。
父母を敬い、兄弟を愛し、夫婦はあい睦まじく、子供を厳しく躾け、友を厚くもてなし、真気を保養する。

☆・_・☆☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆。*・

 ウオオォー! 何とクチハバッたい、書いてて赤くなりました。
 人生、そんな物です。
 次回からは、また、自分の文章にて。

 


「ごめんなさい」  1999/06/01

これは私の恋する人へのメッセージです。

☆・_・☆☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆。*・

 ごめんなさい。


 最近気付いたのですが、人を恋するというのは、その人を通して、自分の素敵なところを見つけいとおしむ、という行為なのです。
 恋する相手の中に自分と共通する魂のきらめきを見つけ、それに恋している。
 それが恋していない人-例えば友人-であるなら、その人を通して自分を見つめるときも、お互いの関係が冷静だから、良いところと悪いところをキチッと分けて投影する。
 なのに恋してしまったとたん、相手と自分のボーダーラインがハッキリしなくなって、相手の中に見つけた自分の良いところに執着する。
 そんなとき人はなぜか自分に自信が無くなる。
 恋の病とよく言うけれど、すっかり冷静でなくなり自信も謙虚さもどこかへ吹っ飛んでいく。
 そして、自分の良いところが相手を通してしか見つめられなくなり、自分のエネルギーを保持するために相手に固執する。

 相手も人間なのに。

 ごめんなさい、あなたに固執して。
 ごめんなさい、あなたを物質化して。
 ごめんなさい、あなたを束縛しようとして。
 ごめんなさい、あなたに依存して。

 私が私の中に、あなたと同じエネルギーを確立できたとき、いえいえ、それは元々あるのだから、感じられたとき、私は一人歩きできるのだと思います。
 そして今、気付き、感じたので歩き始めます。
 そうして固執したり物質化したり束縛したり依存したりしない新しい人間関係が始まるのだと思います。

 それでも恋は美しい。
 ごめんなさい、そして、いつもありがとう。




天界舞踏  舞踏手募集中!  2000/6/1

天界舞踏とは、現在日本にあるダンスのどのジャンルにも属さない踊りです。名前が無いと不便なので、便宜上天界舞踏と名付けました。
東洋の叡知と、いにしえの昔から繰り返されてきたシンプルな動きから導き出された踊りです。

私たちは原始舞踊の一つの形である祝祭としての踊りを目指しています。
目に見えない次元の世界や、天と地に確実に存在するエネルギーの中で、肉体もまた一つのエネルギー物質であり、その波動が高まったものが祈りであり、踊りであると解釈しています。
それ自体は目新しい考え方ではありません。しかし私たちは原点に戻り、肉体と精神のつながりを求め、原始的なアニミズムや肉体の独自の本能に基づいて体を動かすメソッドを考え始めました。
天界舞踏とは原始の時代の雨乞いや呪術、豊作を願い神に感謝する祝祭など生活とは切り離せない舞踊の形に立ちかえり、自らの肉体と精神を直視する踊りです。
 
基本練習メソッドは日本独自の芸能である能や暗黒舞踏(BUTOH)の歩行です。歩行によって身体の中心軸を養い、身体のエネルギーを調整します。 その上で独自のメソッドによる想像力の強化、イマジネーションによる新しいムーブメントの開発、同時に身体の中のエネルギー循環技術を高めるレッスンを行います。
その中でもっとも重視していることは、ただテクニック的に「踊る」と言うことを目指すのではなく、地面に「立つ」肉体、あるいは人に何かを伝えるための精神です。
思考でもなく、言語でもない、肉体だけが伝えられるものを創っていくという精神を大切にしています。

ーソレヲ セツメイスルモノガ ブンショウトイウ コノムジュンー




「お話カード」の はなし 2001/1/1

2001年から、水曜日18:45~の、セルフ・ヒーリングクラスにて「お話カード」というものを配り、参加者の皆さんに少しの間それについて思うことを話してもらっています。
その内容を、ここに紹介します。


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2001年 お話のテーマ (2ヶ月で一周します)

各カードに記されたキーワード

奇数の月 第一の週 「直感を信じる」 チャンネルとして生きる

理性、論理性 ⇔ 直感
     ↓      ↓
    科学    非科学

人間が持つ本来の力、 本能=勘、自然治癒力、普遍的な心、内なる声

手のひらによる感覚、 エネルギー(気)の流れるパイプとしての肉体

直感力を強化するためには
「自分自身を信じ、内在する知覚を信頼。 常に自分の中の≪思慮深い存在≫を感じる」

瞑想によるひらめき < 自分の焦点を保つ、中心にいる、つながっている、思考の現実化>
 ↓
シンクロニシティ(共時性)




奇数の月 第二の週 「シンクロニシティと統一感」 分離のゲームからの脱却


内在する崇高な力→いろいろな呼び名や概念
神-God / 精神-Sprit / 崇高な力-Higher Power / 光、光明-The Light/ 崇高なる自己-Higher Self / 力-The Force / 根源-Source / 仏-The Buddha / 宇宙の叡知-CosmicIntelligence / それ-I am / 内なる指針-Inner Guidance /

偶然の一致 & 共時性

心の表面はさざ波が立つ日もあり、大嵐の日もある。
心は波に弄ばれる小舟ではなく、その海の底。
水は動かず、すべてのものが鮮明に見える。
大海の底は「水」として分離しておらず、すべてがつながっている。

世界をうつす鏡=人生を構成するすべてのものは、自分が創造し、自分の姿を映すものだと考えたとき、無関係なものは何一つ無い

自分で選び、自分自身に正直でいる


奇数の月 第三の週 「肉体と精神」 肉体という乗り物、乗り手としての魂

五頭の馬にひかれる馬車を思い浮かべる(ヨーガの考え方による)
  車主=魂(アートマン・真我)、車体=肉体、御者=理性(覚)、手綱=思考器官(意)、 馬=知覚器官(目・耳・鼻・舌・身)、 道路=諸対象(外界)

目に見えない肉体の各器官
 エネルギー=気=プラーナ
 エネルギーの流れるパイプ=経絡=ナーディ
 エネルギーセンター=経穴=チャクラ

自己を表現するための媒体としての肉体
直感、メッセージを敏感に受け取るための健全な肉体
心と身体の密接なつながり

頭痛=自己の内部での矛盾
風邪=肉体が休息と浄化を求めている
顔色=男性性の循環阻止。行動力、直接表現が必要
背中の痛み=他者との関係性、自身の感性の問題
膝の痛み=他者との競争に執着がある
足全般=グラウンディングを必要としている


偶数の月 第一の週 「チャクラについて」 各チャクラとその意味


チャクラ=「輪」サンスクリット語
 (名前の意味)・色場所 (対応する身体器官)    対応する状況、ものごと
●第一 ムーラダーラ・チャクラ (ムーラ=「根元」)赤色尾てい骨と恥骨の間・会陰(脊椎・足・泌尿器・腎臓)本能的生命力、保護、食物、信頼
●第二 スヴァーディシュターナ・チャクラ (スヴァーディシュターナ=「プラーナのよりどころ」)オレンジ色 臍と仙骨の間・臍下丹田(生殖器・腸)意思力、セクシャリティ、想像力、幸福感
●第三 マニプーラ・チャクラ (マニ=「宝珠」プーラ=「町」・宝石の町)黄色胃のあたり(太陽神経叢・胃・消化器系・膵臓)アイデンティティ、知識、恐怖、人間としての進化
●第四 アナーハタ・チャクラ (アナーハタ=「破られない」「止まることがない」)緑色体の中心軸にそって心臓のあたり(心臓・肺・胸腺・リンパ経・免疫系)無償の愛、慈悲、他者・外界とのつながり、至福
●第五 ヴィシュッダ・チャクラ (ヴィシュッダ=「清浄」青色 喉(喉・甲状腺)コミニュケーション、芸術的表現、家族関係
●第六アージュニャー・チャクラ (アジュニャー=「命令」・命令を出す、神から命令を受ける)藍色 眉間の奥(頭部にある感覚器官・脳下垂体)直感、知性と直感のバランス
●第七 サハスラーラ・チャクラ (サハスラ=「千」・千の花弁を持つ蓮華)白色光に近い紫色 頭頂(脳・松果体)チャンネルとしての完全な力、多次元とのアクセス、すべてのものとの完全なる合一


偶数の月 第二の週 「グラウンディング」 センタリングと共に自分の中心を知る

「私とは誰なのか」
  どこから来て、どこへ行こうとしているのか
 
 ありのままの自分  本当のありのままとは
 自分への許し・自信・愛情/信頼と依存の違い

形態と精神の統合
            天 ⇔ 地
       理想・精神    現実・形態
 第5.6.7チャクラ    第1.2.3チャクラ

心・個性・身体が精神を信じる= 形態が精神に身をゆだね共に動く

腹=丹田=第二チャクラ
腹が癒える・腹がすわる・腹が立つ・腹が太い・腹に落ちる・腹の筋を縒る・腹をえぐる・腹を固める・腹をくくる・腹を据える・腹を読む・腹を割る

感情を丹田に降ろし、ゆっくりと進む=日常生活のなかでの行動すべてが瞑想


偶数の月 第三の週「自分の中の男性と女性」 完全な輪としての存在を目指して

   男性エネルギー  ⇔  女性エネルギー
     活動的            受容的
      太陽             月
       陽              陰
      行動             創造


人は誰も自分の中に両方持っている
 女性エネルギー=想像力、直感を司る/ 男性エネルギー=それを行動に移す実行力

間違ったコミニュケーション
 社会的役割の中での錯覚→自分に両方のエネルギーが備わっていることを忘れる
  ↓
 手っ取り早いエネルギー補給の方法。 鏡に映る自分の弱さの補充
  ↓
 異性のパートナーに固執

本来の姿
  自分は輪の半分ではなく完全な輪である。 完全な輪になった者同士のコミニュケーション
      ↓ 
 愛、新しい人間関係




天界舞踏という名前  2004/5/16

創立から8年間親しんできた「天界舞踏」と言う名前を廃止することにした。
理由は色々あるが、一番には「天界」という響きが、あまりにも上へのベクトルを強調しすぎている、つまり、丹田を意識し天と地と肉体と魂を繋ぐためのエネルギーワークとして、四方八方に踊ることと相反してきた感じがすること。
そして、60年代に土方巽氏を創始者として発生した「暗黒舞踏」へのこだわりが減ってきたこと。
大好きな言葉へのこだわりが減ってきて、ダンスを踊ることと言葉との摩擦が少なくなってきたことなどがあげられる。

8年前に教室を立ち上げたとき、自分のオリジナルな踊りをどのように宣伝し、人々に広め伝えるかということを考え、無い知恵を必死に絞り、いま思うと恥かしいまでに言葉にこだわりながら、それを言葉で伝えようと躍起になっていた。

確実に身体を動かし続けた結果、やはりエネルギーの動きを言葉で説明するのは限界があるし、ましてや踊りの定義というのは肉体の数だけ存在するのだということに気がついた。

その中で、私は、ごく個人的に、やはり「どこから来て、どこへ行くのか」「私とは何なのか」という問題を抱え、多分私の一生の使命というのは、少しでもその謎を解くこと、そして世界(目に見えないものと見えるもの)と自分とのかかわりを、少しでも明確にしていくことなのだなと実感する。

その謎を解く鍵が「肉体」に潜み、肉体にかかわる作業を「踊り」と呼んでいるだけで、実は名前などどうでもいいのだ。
それは、ひとつの作業に過ぎない。

6月2日の舞台「神々の住まう島」テキストより(抜粋)

実は、私たちを神と呼び始めたのは人間で、そのうえ、力や支配、忍耐や快楽、そして強さ、愛、豊かさといった言葉も、人間が作ったものです。
本当は神も、感情も、色々な心の状態も目には見えず、言葉で表すことは出来ません。

少年が探していたものは、すべて少年の中にありました。
そして少年自身も、一人の人間ではなく、すべての人の心の中にある状態なのかもしれません。

すべての人、すべてのものの中に、存在する目に見えないもの。
それを人は神と呼ぶのかもしれません。

すべての人はみな、その体内に、宇宙と神を住まわせている。





スピリチュアルダンス 舞踏手募集中! 2004/6

Dance Unit 森羅~SHINRA~のスピリチュアルダンスは、現在日本にあるダンスのどのジャンルにも属さない踊りです。
東洋の叡知と、いにしえの昔から繰り返されてきたシンプルな動きから導き出された踊りです。

私たちは原始舞踊の一つの形である祝祭としての踊りを目指しています。
目に見えない次元の世界や、天と地に確実に存在するエネルギーの中で、肉体もまた一つのエネルギー物質であり、その波動が高まったものが祈りであり、踊りであると解釈しています。

それ自体は目新しい考え方ではありません。
むしろ、肉体と精神のつながりを求め原点に戻り、原始的なアニミズムや肉体の独自の本能に基づいて体を動かすメソッドです。
原始の時代の雨乞いや呪術、豊作を願い神に感謝する祝祭など生活とは切り離せない舞踊本来のの形に立ちかえり、自らの肉体と精神を直視し踊ります。

基本練習メソッドは日本独自の芸能である能や暗黒舞踏(BUTOH)の歩行です。
歩行によって身体の中心軸を養い、身体のエネルギーを調整します。
その上で独自のメソッドによる想像力の強化、イマジネーションによる新しいムーブメントの開発、同時に身体の中のエネルギー循環技術を高めるレッスンを行います。

その中でもっとも重視していることは、ただテクニック的に「踊る」と言うことを目指すのではなく、地面に「立つ」肉体、あるいは人に何かを伝えるための精神です。
思考でもなく、言語でもない、肉体だけが伝えられるものを創っていくという精神を大切にしています。




☆・_・☆☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆。*・


【番外編】2001年5月24日UP ●秘密の話・大事件●

☆ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
 とっておきのプライベートな話です…

 こんな事をホームページに書いて、どうかとは思うのですが・・・。
 わたくし、数年前に上の前歯の間に虫歯ができまして、当時懇意にしていた元SKDの女優さんに
「阿利ちゃん、舞台人は顔が命。歯を入れ替えるのは、美容整形ではない。親からもらった身体に傷を付けるのじゃないのだから、前歯を入れ替えなさい。
あなた、歯並びも悪いわよ」と、ガツーンとご親切なお言葉をいただき、一念発起、大枚はたいて、上の前歯4本入れ替えました。
結構、高級な作り物で、いくらだったかは言えませんが2年間ローンで支払いました。

 で、運命の4月29日、本番前夜。
舞台で使う物の運搬などがあり、車であちこち回って帰宅したのが10時半。
道が空いていたおかげで、予想より2時間近く早い帰宅でした。
 嬉しい! 嬉しい! 明日は本番。今日まで色々大変なことがあったけど、明日幕が開けば幸せな踊りの時間だ、もう、何も考えなくて良いのだと、こたつ(まだ出ていた)に座り、ちょっぴりアルコールを。そして、これを呑んだらお風呂に入って寝よう。と、夢のような計画を立て、珍しくテレビをつけてくつろいだ。
 テレビではNHKの芸術劇場でアメリカだかイギリスだかの舞台演出家の叔父さんが、何か話していて、「フーン。いいこと言うなぁこの人」とか、何とか思いながら、こたつの上にあった乾し梅干しに手を伸ばし・・・。
 ご存じですか? 乾し梅干し。☆梅干しではありません。
沖縄だか中国だかの自然食品、おやつです。カチカチに石みたいに堅いの。
 それをカリッと、・・・自分では、あくまでもカリッと音がするはずだった。が、ガギッと音がした。
ジャギッ、だったかもしれない。とにかくとにかく、不吉な音が・・・。

 スミマセン、思い出したら貧血を起こしそうになってきたので、残りは次回につづく・・・ということに
させて下さい。お約束します。一週間以内にアップします。

では、おやすみなさい。
皆様も歯を大切に。      2001.5.17


つづき

 不吉な音に続いて口の中に広がった不快な感触といったら、もう・・・・。
 皆様は前歯を喪失したことがありますか?
 そうです。ガギッという音の後、口の中には☆梅干しと共に、左の前歯が転がっていました。
今思えば、呑み込まなくてよかった。不幸中の幸いだ、と思いますが・・・。
 とにかく反射的に時計を見たら10時45分。
 目の前が真っ白になりつつも、電話をとってかかりつけのは医者さんにダイヤルすること5分間。何度かかけ直しましたが、日曜日の午後11時前。当たり前のように、ご不在でした。
 さあぁぁぁ、どうするか?
 東京医大だ! 西新宿。中野の自宅からもそんなに遠くない。早速104番号案内で調べ電話をしました。が、総合案内のお姉さん 「歯科は救急受付はしておりません」と、冷たくもつれないお言葉。どうやら虫歯は朝まで我慢しろ、ということらしい。
「い、いや。違うんです。前歯が折れました。正確には差し歯がはずれました。明日、明日から舞台の本番なのですうぅぅぅぅ!!」
 よほど動転して酷い声を出していたのでしょう 「ああ、それは困りましたね。口腔外科の先生にかわりますので直接お話下さい」とのこと。親切な先生にかくかくしかじかで、とお話ししたところ 「今すぐ、いらっしゃい」と、仏様のようなお言葉。
 タクシーすっ飛ばして、受付で少々待たされ、めでたく治療台の上へ。素晴らしく丁寧な先生が色々説明をして下さり治療終了時にチラと時計を見たら午前0時でした。

 結局、差し歯の土台になっている自前の歯の中が虫歯になり弱っているところに堅いモノを食べたのが敗因でした。東京医大の先生は、とにかく2日間の舞台に耐えられるだけの仮止めをして下さり、後日かかりつけのは医者さんで治療をするように。とのことでした。

 ヘトヘトになって自宅へ帰り着いたのは午前1時。
 本当なら今頃夢の中だなぁとかなんとか、愚痴りつつ寝床につきました。

 神経が立ってしまって眠りづらいけれど、明日は舞台。プロ意識総動員して眠りの中へ・・・。
 往復のタクシー代3000円、治療費2600円。しかし、前歯無しで舞台に立つことを考えたら総額5600円は破格に安いと言えるだろう。そして、看護婦さんも治療をしてくれた先生も仏様に見えるぐらい優しかったもんなぁ、幸せ、幸せ。
 と、どこまで真楽天的な私でした。

 しかし、眠りについてから何度も歯がぽろりと抜け落ちる夢で目が覚め、次の日のゲネプロ(舞台上で行われる本番通りのお稽古)中はもちろんのこと、本番中も時たまチラリと素に戻る瞬間があり
「歯が取れたらどうしよう?」という恐怖に襲われたのは言うまでもありません。

 おかげさまで無事、舞台を終了することができて、本当によかったです。
 長々と読んで下さりありがとうございました。
 ちなみに現在も治療中。堅いモノが食べられない日々が続いています。    2001.5.24

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  1. 2004/06/16(水) 12:10:58|
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